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預言者のペルソナ、母の息子
/ 『緋文字』におけるホーソーンの死と再生
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ヨゲンシャ ノ ペルソナ ハハ ノ ムスコ |
中野 学而/著 |
ナカノ ガクジ |
1-35 |
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一八七六年のロマンス
/ 国民国家の誕生と『クラレル』
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センハッピャクナナジュウロクネン ノ ロマンス |
貞廣 真紀/著 |
サダヒロ マキ |
36-68 |
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ルイザ・メイ・オールコットと大衆小説
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ルイザ メイ オールコット ト タイシュウ ショウセツ |
田辺 千景/著 |
タナベ チカゲ |
69-99 |
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禊ぎとしての大衆小説
/ 『王子と乞食』から『ハックルベリー・フィンの冒険』へ
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ミソギ ト シテ ノ タイシュウ ショウセツ |
後藤 和彦/著 |
ゴトウ カズヒコ |
100-134 |
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ヘンリー・ジェイムズ『メージーの知ったこと』
/ 大衆小説的手段としての早熟なこども
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ヘンリー ジェイムズ メージー ノ シッタ コト |
高尾 直知/著 |
タカオ ナオチカ |
135-162 |
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イーディス・ウォートン『歓楽の家』における社会風刺と感傷性
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イーディス ウォートン カンラク ノ イエ ニ オケル シャカイ フウシ ト カンショウセイ |
新井 景子/著 |
アライ ケイコ |
163-197 |
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愛人の発明
/ 『シスター・キャリー』と女性のセクシュアリティ
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アイジン ノ ハツメイ |
舌津 智之/著 |
ゼッツ トモユキ |
198-224 |
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ビジネス・ロマンスは可能か
/ F・スコット・フィッツジェラルド文学の大衆性の意味
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ビジネス ロマンス ワ カノウ カ |
上西 哲雄/著 |
ウエニシ テツオ |
225-257 |
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フレデリック・ヘンリーの形而上学
/ ヘミングウェイの大衆性と芸術性
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フレデリック ヘンリー ノ ケイジジョウガク |
新納 卓也/著 |
ニイロ タクヤ |
258-295 |
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フォークナーと南部農本主義の距離
/ 「分かりやすさ」を欠く「大衆小説」という逆説
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フォークナー ト ナンブ ノウホン シュギ ノ キョリ |
中谷 崇/著 |
ナカタニ タカシ |
296-324 |
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トニ・モリソンと「物語」の力
/ 『青い目がほしい』を中心に
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トニ モリソン ト モノガタリ ノ チカラ |
諏訪部 浩一/著 |
スワベ コウイチ |
325-354 |
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アメリカン・ロマンスからポストモダン・ロマンスヘ
/ ティム・オブライエンの『かれらが運んだもの』
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アメリカン ロマンス カラ ポストモダン ロマンス エ |
三浦 玲一/著 |
ミウラ レイイチ |
355-384 |