| 内容注記 |
内容:文学生活断面.林をおくる,『時のうごき』第一集のためのはしがき,『時のうごき』第二集のためのはしがき,『時のうごき』第三集のためのはしがき,『闘いのあと』序に代えて,林そのものの鳴るごとく 『日本プロレタリヤ詩集』のために,読者のために,読者のために,詩集にそえて 『日本解放詩集』,『闘いの環』序,『新しい詩の作り方』まえがき,三条の人びとに,人の世の因縁,日産労働者の詩と歌,かすかな挨拶 『北荘詩集』のために,『石の怒り』のために,積みかさねる力,『第三回ソ連作家大会』前がき,購読者の熱心な協力を訴える 『綜合プロレタリア芸術講座』,『現代ソヴェト文学全集』をよろこぶ,『文学案内』について,木下三平の「国内よりの書簡」をすすめる,わたしの言葉,大関君の詩,『伯父スタ-リン』,新しい展望 全詩集大成『現代日本詩人全集』,編集にあたって 『現代文学論大系』,詩集『ぶどうぱん』,おのずからな総決算 渡辺順三歌集『日本の地図』,『現代作詩辞典』をすすめる,農民と農村との問題,具合のいい点 筑摩書房版『現代日本文学全集』,たのしみ,この集の特色 『現代作家論全集』,手ごろということ 『日本民俗学大系』,郭沫若『抗日戦回想録』,『日本詩人全集』の試み,人をよく見れば 向坂訳『資本論』,読みたいから推す 『日本庶民生活史料集成』,特に戯曲をとおして 『現代日本戯曲大系』,研究の対象として 松下友子『さよならモスクワの小学校』,私の期待 岩波講座『文学』,九月号各雑誌の作品について,女性作家にたいする希望,推奨する新人,執筆者として,「昭和四年上半期の印象に残った芸術」を問われて,プロレタリア映画運動について,来年は何をするか,なぜ詩を書くか,西鶴について,今後十年の予告,詩と童話とを,日本訳『ゴオゴリ全集』の完成によせて,「能動主義」について,文学を志す人のために,影響された本,わがひいきの人物とその理由,お茶の飲めるような場所にしたい 独立作家クラブ,「コシャマイン記」について,新聞の九星欄,国文学者の求めるもの,ふたりの新人,学芸欄の夕刊移行とその現状にたいし,「昭和十二年度において最も印象に残った作品」を問われて,ニュ-ス映画にたいする感想,少年少女たちに,六月の映画・演劇のうち,こんにちの日本で翻訳するべき洋書,「歴史」「密猟者」「光の中に」について,「いかなる内外新聞・雑誌を読んでいるか」との問に,「新党」問題について,最近の「文化映画」のうち,多少の変化あり,「関心をひいた」もの,読みたいもの読ませたいもの,わが今日の決意,「忠霊塔建設勤労奉仕の感想」を問われて,図書推薦ひとつ,『短歌至上主義』の廃刊にさいして,「二十一年上半期注目すべき書籍と雑誌」を問われて,世相にてらして,高校生に望むこと,私の予定,娯楽雑誌に注文,私は何を読むか,良書推薦,人事院規則と教授追放,一九四九年の収穫,刑務所と刑務官,地方文化・文学運動に望むもの,一九五一年への期待,海外へ紹介したい本,教育上の気がかり,わたしの答,二十台なら,福井図書館の思い出,条件づきで,来年に期待する作家・評論家,スタ-リン論文について,上野図書館について,文芸映画への興味など,私のすすめるもの 第1,私のすすめるもの第2,軍機保護法と文学,私の推薦する本 第1,私の推薦する本第2,私の推薦する本第3,私の推薦する本第4,私の推薦する本第5,私の推薦する本第6,石川啄木,勝手な読み方,ささやかな願い,さしあたりお答え,百科事典について,結婚について,文学者として,「財閥・官僚・資本主義の復活」など,国語国字問題について,何を読むべきか,ことばづかい,国語について,『文芸首都』について,葉山嘉樹,少しは学んだ,万事さかさまごと 日本共産党第十一回大会,うちにあったもの,第二次界大戦について,「三島事件」問いに答え,一九七五年に読んだもののうち,詩の選を終えて 『文学新聞』読者文芸評,「社会主義リアリズムの確立のために」を推す 『文学評論』第二回論文選後評,五篇の詩を採る 『文学案内』詩の選評,「一世代の敗北者」について 『文学案内』小説選評,福原宗雄の作その他 『文学案内』詩の批評,精いっぱい奔放に 『文学案内』詩選評,自分のものを 『文学案内』詩選評,若々しい熱情 『文学案内』詩選後評,新作家誕生のために 新日本文学会創作コンク-ル選評,「われらの問題」選評,選者の一人として 『文学の旗』,選者の言葉 『文学新聞』青年詩選評,竹本、岩田、小島を推す 新日本文学会第3回創作コンク-ル小説選後評,コンク-ルにちなんで,「ひげ」を推す 『新日本文学』短篇小説選評,「泥と水」について 『新日本文学』短篇小説選評,特殊な困難 『マルクス=エンゲルス文学・芸術論』書評選後評,選者として 新日本電気『文芸サ-クル』小説・随想・評論選評,作者の態度 大津市役所職員組合『灯影』小説・随筆選評,私の規準 国鉄労働組合第3回文芸年度小説作品評,生活をしっかり見て 全専売労働組合『職場文化』小説選評,人間生活との基本の関係 国鉄労働組合第4回文芸年度賞小説選評,今年の結果 全専売労働組合『職場文化』小説選評,切実な同情 機関車労働僧合第3回文芸年度賞小説選評,こんどの成績 第7回『アカハタ』短篇小説選評,審査を終って 第9回『アカハタ』短篇小説選評,実利実益の点 第3回新日本文学賞評論選評,開拓されるべき面 第4回新日本文学賞評論選評,「可聴の国・日本とは?」を推す 第5回新日本文学賞評論選評,静止的な姿運動感覚の萎縮 第6回新日本文学賞評論選評,もっと野心的に第7回新日本文学賞評論選評,「漱石、その現実と文学」を推す 第8回新日本文学賞評論選評,静止的平面的な点 第9回新日本文学賞評論選評,最近の収穫 第10回新日本文学賞評論選評,関根、上田、山中を探る 第11回新日本文学賞評論選評,二人の作品ほか 第1回壷井栄賞選評,もうひと奮発 第12回新日本文学賞評論選評,「平民的」でなさすぎる 第13回新日本文学賞評論選評,「たこなわ」を推す 第3回壷井栄賞選評,黒島伝治論を推す第14回新日本文学賞評論選評,『プロレタリア芸術』1927年8月号・10月号・11月号・12月号,1928年1月号・3月号・編集後記,『戦旗』1928年5月号編集後記,『ナップ』1931年8月号・9月号編集後記,『大衆の友』1932年2月号編集後記,『民衆の旗』1946年2月号編集後記,『新日本文学』1949年6月号・1950年11月号・1951年1月号〜10月号・1952年1月号〜3月号・1954年9月号〜11月号・1955年1月号〜3月号編集後記,事務局から1955年6月号〜8月号・10月号〜12月号・1956年4月号・6月号・8月号〜10月号・12月号1957年1月号〜3月号・5月号〜7月号・9月号〜11月号・1958年2月号〜6月号・8月号・10月号・11月号・1959年1月号〜3月号・5月号・8月号・10月号〜12月号・1960年2月号〜12月号・1961年1月号〜12月号・1962年1月号〜3月号,西田英太郎へ,堀辰雄へ,窪川鶴次郎へ,山田清三郎へ,江口渙へ,李へ,槙本楠郎へ,鹿地亘へ,河野さくらへ,原泉子へ,渡辺順三へ,森山啓へ,笠井清へ,松元実へ,窪川いね子へ,原まさのへ,黒島伝治へ,新井徹へ,中野鈴子へ,金鐘漢へ,志賀直哉へ,木山捷平へ,加藤将之へ,法橋和彦へ,江原光太へ,われらの言葉,普選だより,盥まわされ,前哨線 第1〜第6,宮井進一の手紙付記,編集局同志諸君へ,「よろず相談」の答 差しいれと面会とについて,抜萃者の言葉 ゴ-リキ-「彼らは行く」,『文芸』座談会記録の訂正,五月二十六日の記,赤ん坊が出来ました,へちま,文献蒐集難,索引のこと,小林校長のために,疎開した文学者へ,疎開作家のいる土地の人びとへ,河上さんの原稿について,新聞談話のこと あわせてユネスコ,気にくわぬこと,『北国文化』雑感,再び立候補しますにつき,選挙後の御礼,『新文化のこと』,質問にお答え,『驢馬』,新年あいさつ,研究と研究所,伊藤整『日本文壇史』,顔,ツ-サン・ル-ヴェルチュ-ルについて,ザル,徳永・岩上両代表を送る,相談室の答 第1〜2,「殴る」と「嘲る」との入れちがえ,ふるさと通信,会費と組合費,むかしの銅器,皆瀬治藤太うじ,上海から,いささか具合悪,この写真を撮ったとき,お蔭をこうむっているものとして,今年の計画,一月二十九日の記,重慶第四十一中学校 写真にそえて,加賀・能登の秋 四高の寮歌,釜石のみなさんへ,旅と写真,窪川監創の第一作,アラスカの空,一九六二年はトラの年,『まどい』すみ字版創刊号を読んで,ソ連作家の新日本文学会訪問,二つの努力,物質的な側面 夢ともくろみ,お礼とお詑び,「小説と挿画」の場合,必要経費,希望と欲望,中将湯の場合,このごろ,苦労が報われるよう,私の信条,『小さな灯』堀辰雄研究号を読んで,雑誌『驢馬』,近況報告,墓をさがす人,河上肇伝を,貧者の一灯,北海道文学館に賛成 できることはしたい,「読書よもやま話」訂正,静かさと地図 石川近代文学館にのぞむ,私の読書術,堀田健司君に,印税について,後手後手の生涯,私のさがしもの,遠縁近縁,十月二十七日の日記,林松枝先生の件,それは宮本の筆蹟ではない,いささか曖昧,いささか勉強の予定,お願いの件,三軒茶屋・三宿のころ,眼と耳が弱った,いい知恵はないか,『日本のなかの朝鮮文化』を励ます会で,写真にそえて,六月の日記から,『日本現代詩大系『再刊にさいしての提言に,神山茂夫研究会開会あいさつ,『驢馬』の名づけ,何とかして再刊を 『放送朝日』の休刊 後記 著者うしろ書 最後の一つ手前として 解題(松下裕)
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