荒井 献/著 -- 岩波書店 -- 2002.3 --

所蔵

所蔵は 1 件です。

所蔵館 所蔵場所 資料区分 請求記号 資料コード 所蔵状態 資料の利用
配架日 協力貸出 利用状況 返却予定日 資料取扱 予約数 付録注記 備考
中央 書庫 一般図書 /190.8/5003/10 5004351390 Digital BookShelf
2002/04/30 可能 利用可   0

Eメールによる郵送複写申込みは、「東京都在住」の登録利用者の方が対象です。

    • 統合検索
      都内図書館の所蔵を
      横断検索します。
      類似資料 AI Shelf
      この資料に類似した資料を
      AIが紹介します。

資料詳細 閉じる

ISBN 4-00-092450-8
タイトル 荒井献著作集
タイトルカナ アライ ササグ チョサクシュウ
巻次 10
著者名 荒井 献 /著
著者名典拠番号

110000037910000

出版地 東京
出版者 岩波書店
出版者カナ イワナミ ショテン
出版年 2002.3
ページ数 474p
大きさ 22cm
各巻タイトル 聖書を生きる
各巻タイトル読み セイショ オ イキル
価格 ¥8600
内容注記 イエス・キリストとの出会い 現代におけるイエスとの出会い 共苦のしるし 私の聖書研究 イエスとマグダラのマリア 新約聖書における聖餐 何を待って生くべきか 教会に生きる 原始キリスト教をどうとらえるか イエス・キリストとわたし イエスのいわゆる「尊厳意識」 宗教的実存論とグノーシス主義 「宗教的実存論とグノーシス主義」再考 グノーシス主義の本質規定をめぐって 「十字架の道」をめぐって イエスの死の意味 『原始キリスト教』と『基督教の起源』を再読して 信仰の根源に遡って 駒場から学問一筋の道へ シュタウファー教授 レオンハルト・ロスト先生 ハンス・ヨナス教授のこと 原始キリスト教とグノーシス主義 ナグ・ハマディ写本ファクシミリ版の完結によせて もう一つのイエス像 新井奥〓の「父母神」とグノーシス派の「母父」なる至高神 コプト語について コプト美術について 最近のイエス研究 原始キリスト教史研究二〇年の動向 キリスト教史学会五〇年の歩み 聖書の現代語訳における「客観性」の問題 「イエスス」と「イエス」 『聖書新共同訳』(新約部分)の評価と要望 『新約聖書』新訳の意義とその特徴 憐れみ 「父なる神」を問う 祈りの人 掌のぬくもり 夕映えに 出会い 「雪んこちゃん」のこと 冬の虹 皆ちりから出て、皆ちりに帰る 「批判的」とは 鷲巣繁男の「プラークシス」をめぐって 弔辞-秀村欣二先生を悼んで 感話-関根正雄先生を悼んで 伽◆【1786】子のために 古里に愛の調べを 「あきらめる」ということ 痛みによって学べ ひとの痛み 見える。木のように 真眼の会 本のカビ 水を飲まないでぶどう酒を 終末論的信仰 愛の分析 雪の音 小豆粥
一般件名 聖書
一般件名カナ セイショ
一般件名 キリスト教
一般件名カナ キリストキョウ
一般件名典拠番号

510139600000000

各巻の一般件名 聖書
各巻の一般件名読み セイショ
各巻の一般件名典拠番号

530212400000000

分類:都立NDC10版 190.8
資料情報1 『荒井献著作集 10』( 聖書を生きる) 荒井 献/著  岩波書店 2002.3(所蔵館:中央  請求記号:/190.8/5003/10  資料コード:5004351390)
URL https://catalog.library.metro.tokyo.lg.jp/winj/opac/switch-detail.do?lang=ja&bibid=1105563585

内容一覧 閉じる

内容 内容ヨミ 著者名 著者名ヨミ ページ
イエス・キリストとの出会い イエス キリスト トノ デアイ 3-37
現代におけるイエスとの出会い ゲンダイ ニ オケル イエス トノ デアイ 38-60
共苦のしるし キョウク ノ シルシ 61-70
私の聖書研究 ワタクシ ノ セイショ ケンキュウ 71-83
イエスとマグダラのマリア イエス ト マグダラ ノ マリア 84-101
新約聖書における聖餐 シンヤク セイショ ニ オケル セイサン 102-124
何を待って生くべきか ナニ オ マッテ イクベキカ 125-131
教会に生きる キョウカイ ニ イキル 132-146
原始キリスト教をどうとらえるか ゲンシ キリストキョウ オ ドウ トラエルカ 149-157
イエス・キリストとわたし イエス キリスト ト ワタシ 158-181
イエスのいわゆる「尊厳意識」 イエス ノ イワユル ソンゲン イシキ 182-188
宗教的実存論とグノーシス主義 シュウキョウテキ ジツゾンロン ト グノーシス シュギ 189-198
「宗教的実存論とグノーシス主義」再考 シュウキョウテキ ジツゾンロン ト グノーシス シュギ サイコウ 199-216
グノーシス主義の本質規定をめぐって グノーシス シュギ ノ ホンシツ キテイ オ メグッテ 217-230
「十字架の道」をめぐって ジュウジカ ノ ミチ オ メグッテ 231-235
イエスの死の意味 イエス ノ シ ノ イミ 236-249
『原始キリスト教』と『基督教の起源』を再読して ゲンシ キリストキョウ ト キリストキョウ ノ キゲン オ サイドク シテ 250-252
信仰の根源に遡って シンコウ ノ コンゲン ニ サカノボッテ 253-254
駒場から学問一筋の道へ コマバ カラ ガクモン ヒトスジ ノ ミチ エ 255-256
シュタウファー教授 シュタウファー キョウジュ 257-270
レオンハルト・ロスト先生 レオンハルト ロスト センセイ 271-273
ハンス・ヨナス教授のこと ハンス ヨナス キョウジュ ノ コト 274-276
原始キリスト教とグノーシス主義 ゲンシ キリストキョウ ト グノーシス シュギ 277-284
ナグ・ハマディ写本ファクシミリ版の完結によせて ナグ ハマディ シャホン ファクシミリバン ノ カンケツ ニ ヨセテ 285-287
もう一つのイエス像 モウ ヒトツ ノ イエス ゾウ 288-290
新井奥邃の「父母神」とグノーシス派の「母父」なる至高神 アライ オウスイ ノ チチハハカミ ト グノーシスハ ノ ボフ ナル シコウシン 291-293
コプト語について コプトゴ ニ ツイテ 294-296
コプト美術について コプト ビジュツ ニ ツイテ 297-300
最近のイエス研究 サイキン ノ イエス ケンキュウ 301-303
原始キリスト教史研究二〇年の動向 ゲンシ キリストキョウシ ケンキュウ ニジュウネン ノ ドウコウ 304-307
キリスト教史学会五〇年の歩み キリストキョウ シガッカイ ゴジュウネン ノ アユミ 308-314
聖書の現代語訳における「客観性」の問題 セイショ ノ ゲンダイゴヤク ニ オケル キャッカンセイ ノ モンダイ 315-319
「イエスス」と「イエス」 イエスス ト イエス 320-323
『聖書新共同訳』(新約部分)の評価と要望 セイショ シンキョウドウヤク シンヤク ブブン ノ ヒョウカ ト ヨウボウ 324-333
『新約聖書』新訳の意義とその特徴 シンヤク セイショ シンヤク ノ イギ ト ソノ トクチョウ 334-343
憐れみ アワレミ 344-355
「父なる神」を問う チチ ナル カミ オ トウ 356-366
祈りの人 イノリ ノ ヒト 367-374
掌のぬくもり テノヒラ ノ ヌクモリ 375
夕映えに ユウバエ ニ 376-377
出会い デアイ 378-379
「雪んこちゃん」のこと ユキンコチャン ノ コト 380-382
冬の虹 フユ ノ ニジ 383-392
皆ちりから出て、皆ちりに帰る ミナ チリ カラ デテ ミナ チリ ニ カエル 393-394
「批判的」とは ヒハンテキ トワ 395-397
鷲巣繁男の「プラークシス」をめぐって ワシス シゲオ ノ プラークシス オ メグッテ 398-401
弔辞-秀村欣二先生を悼んで チョウジ ヒデムラ キンジ センセイ オ イタンデ 402-403
感話-関根正雄先生を悼んで カンワ セキネ マサオ センセイ オ イタンデ 404-410
伽【ヤ】子のために カヤコ ノ タメ ニ 411
古里に愛の調べを フルサト ニ アイ ノ シラベ オ 412
「あきらめる」ということ アキラメル ト イウ コト 413
痛みによって学べ イタミ ニ ヨッテ マナベ 414-415
ひとの痛み ヒト ノ イタミ 416-417
見える。木のように ミエル キ ノ ヨウ ニ 418
真眼の会 マメ ノ カイ 419
本のカビ ホン ノ カビ 420
水を飲まないでぶどう酒を ミズ オ ノマナイデ ブドウシュ オ 421-426
終末論的信仰 シュウマツロンテキ シンコウ 427-433
愛の分析 アイ ノ ブンセキ 434-443
雪の音 ユキ ノ オト 444-446
小豆粥 アズキガユ 447-450