有田 和臣/著 -- 鳥影社 -- 2025.3 --

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配架日 協力貸出 利用状況 返却予定日 資料取扱 予約数 付録注記 備考
中央 3階C 一般図書 /910.26/コ20/650 7119444820 配架図 Digital BookShelf
2025/09/05 可能 利用可   0

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ISBN 4-86782-149-7
ISBN13桁 978-4-86782-149-7
タイトル 小林秀雄の批評思想形成
タイトルカナ コバヤシ ヒデオ ノ ヒヒョウ シソウ ケイセイ
タイトル関連情報 <生の認識論>と西欧近代知の危機
タイトル関連情報読み セイ ノ ニンシキロン ト セイオウ キンダイチ ノ キキ
著者名 有田 和臣 /著
著者名典拠番号

110002518120000

出版地 東京
出版者 鳥影社
出版者カナ チョウエイシャ
出版年 2025.3
ページ数 366p
大きさ 20cm
価格 ¥6200
内容紹介 ニーチェ、西田幾多郎ら「生の哲学」系著作群からの“借用”に満ちていた小林秀雄の批評文。それらが西欧近代知の危機乗り越えの道筋を示す意図のもとにあった事実を解明する。
個人件名 小林 秀雄
個人件名カナ コバヤシ ヒデオ
個人件名典拠番号 110000408710000
分類:都立NDC10版 910.268
テキストの言語 日本語  
資料情報1 『小林秀雄の批評思想形成 <生の認識論>と西欧近代知の危機』 有田 和臣/著  鳥影社 2025.3(所蔵館:中央  請求記号:/910.26/コ20/650  資料コード:7119444820)
URL https://catalog.library.metro.tokyo.lg.jp/winj/opac/switch-detail.do?lang=ja&bibid=1154741338

目次 閉じる

第一章 教育論の中の大正生命主義
  序
  一 生命主義思潮の中の教育論
  二 和辻『ニイチェ研究』と小林秀雄の同質性
  三 生命主義教育論に見られる「根本動機」
  四 教育論、生命主義思潮、小林秀雄の共鳴
  結
  注
第二章 生命主義芸術教育論と小林秀雄の“自己表白”
  序
  一 武者小路実篤の「自我」と「人類」
  二 片上伸および小林秀雄における「批評」と「独白」
  三 「強烈なる生命表現」の芸術
  四 生命主義芸術教育論の「内観」
  結
  注
第三章 初期小林秀雄と生命主義思潮
  序
  一 「生の哲学」と「生命主義」
  二 初期小林秀雄と大正生命主義思想との交点
  三 「生命の理論」を発見する批評
  四 「生命」と趣味・性格・人格
  結
  注
第四章 生命主義美術批評に見る「人格」と「肉体」
  序
  一 美術批評における「人格」の由来
  二 高村光太郎の生命主義美術批評とその周辺
  三 小林秀雄における心身の不可分
  四 生命主義と小林秀雄の「肉体」
  結
  注
第五章 生命主義認識論者としての西田幾多郎
  序
  一 生命主義認識論者としての西田幾多郎という観点
  二 『ニイチェ研究』、「緑色の太陽」、およびその周辺
  三 『善の研究』とそれ以後
  四 小林秀雄の中の西田幾多郎-両者の“シンクロニシティ”
  結
  注
第六章 「無私」と西田幾多郎およびR・シュタイナーの「純粋経験」
  序
  一 小林秀雄の「肉体」論とR・シュタイナーのニーチェ論
  二 小林秀雄の古典・歴史認識と西田幾多郎の「人格」論
  三 R・シュタイナーの「純粋経験」と西田、小林の「無私」
  結
  注
第七章 「様々なる意匠」の中心素材
  序
  一 R・シュタイナーの「純粋経験」と「統一体」としての「思考世界」
  二 西田幾多郎の「純粋経験」と「唯一なる義務の世界」
  三 小林秀雄の「宿命」と「生命」
  結
  注
第八章 古典批評に示された「現象学的還元」
  序
  一 R・シュタイナーに対する注釈的受容者としてのE・フッサール
  二 「純粋経験」とフッサール「現象学」の認識起点
  三 認識論における「内的経験」の意義
  四 小林秀雄の「無私」と「現象学的還元」
  結
  注
第九章 「無常といふ事」と「思ひ出」される歴史の認識論
  序
  一 判断停止(エポケー)と純粋自我
  二 人間になりつゝある動物
  三 「思ひ出」される歴史
  結
  注
第十章 直知される《本居宣長》
  序
  一 「直知」と“新たな客観主義”
  二 R・シュタイナー、E・フッサール、西田幾多郎の存在論
  三 内部から蘇る「思ひ出」
  四 歴史認識における「無私」という方法と現象学的還元
  結
  注